鈴木所長インタビュー

社員インタビュー

勅使川原産業 静岡営業所

鈴木所長 インタビュー

無我夢中で、仕事は楽しくなる

「長く勤めるつもりはなかったんです」と笑っている勅使川原産業 静岡営業所 鈴木所長。就職情報誌を見て「手っ取り早く稼げるかな」と入社した27歳の青年が、静岡営業所に根を張り気づけば50歳に。
話を聞いていると、真顔で「俺はいらねえな、と思ってます。チャランポランですから」と笑いを誘うチャーミングな人柄が魅力的だ。けれどその言葉の奥に、この営業所の空気を地道に作りあげてきた強く優しい時間が確かに見えてくる。

「長くいるつもりはなかった」から始まった23年。

——鈴木所長のご経歴を教えてください。

ずっと柔道していました。中学から始めて高校は東海大一高(現東海大静岡翔洋)、大学は千葉の国際武道大学、卒業後は大阪の会社に入社し実業団で続けていました。入社して3年ほどで働いた会社が倒産してしまい、その後は営業職なども経験しました。勅使川原産業には27歳のときに出会いました。入社の理由は・・・純粋に給与条件がよかったからです(笑)。正直、長くいるつもりはなかったです。

——当時は、辞めようと思っていたことも?

毎日思ってました。手積み手下ろしの肉体労働はきつく、体力的にも大変でした。でも2年目でもう結婚しちゃったもんで。辞めるという選択肢はなくなった。やるしかなかったですね。転機になったのは当時の所長の存在です。定期便で同じ作業の繰り返しに飽きていた自分に、「ここに行ってみろ」「あれをやってみろ」と声をかけ、色々な仕事を経験させてくれました。真面目で優しくて、仕事人間。最期まで現場に立ち続けた人でした。前所長の姿を見て「やってやろうかな」という気持ちになっていきましたね。

いきなり所長に。そこから始めた正直な職場づくり

——辞めたかった人が、今では所長になって営業所を支えているんですね。所長になるまでの経緯を教えてください。

前所長は、私が入社した時からの所長でした。引継ぎの途中に、癌で急逝してしまいました。本当に仕事人間で、亡くなる2週間前まで「俺は外に出る」と言って現場で仕事をしていました。そんな存在が、突然いなくなってしまいました。

——引き継ぎの途中でというのは、相当大変だったのではないですか。

本当に大変でした。何も分からないまま所長になってしまったもんで。会議に出ても分からない。事故があったときどう処理するのか、警察にはどう連絡するのか。そういうことすら、全然分かりませんでした。ゼロからのスタートでしたね。でも静岡営業所のためにも投げ出すわけにはいかなかった。他の営業所の所長やエリア長に電話して、ひとつずつ教えてもらいました。
最初に直面した問題は『事故の多さ』でした。稲川主任と相談しながら、組織の立て直しに取り組み始めました。

——具体的にどんなことから始めたんですか。

例えば「点呼の時には制服を着る」などです。小さなことですが、それができていなかった。特別なことではなく、基本から整えました。
そして事故を「隠さないこと」。ちょっとした事故でも必ず報告・改善する文化を徹底しました。隠したら、また繰り返す。本人だってその時間は嫌だと思うんです。評価のためではなく本当に事故をなくしたい。厳しくしたかったわけではなく、正直な職場にしたかった。一つずつ、着実に向き合いました。

所長の仕事は「怖い顔して座っていること」!?

——所長になってから、変わったことはありますか。

所長になりたての頃は、全部自分でやろうとしていました。前所長が、全部ひとりで背負うタイプの人だったので、自分もそうしようと思ったんです。でも無理でした。いっぱいいっぱいになって、自分も事故を起こしてしまって。
そこでやり方を変えました。現場は稲川へ、マネジメントは小林へと任せるようにして、主任たちの力を貸してもらうようにしました。

——それにより、営業所の雰囲気などの変化はありましたか。

自分がいなくても自然と役割を担って、進めてくれることが増えました。正直「俺いらねえな」って思うこともあります笑。でも、それが理想なんです。誰か一人がいないと回らない組織ではなく、みんなで支え合える状態が当たり前になってほしい。自分は怖い顔をして座っていて、必要なときだけ出る。それでちゃんと回るのが一番いいと思っています。

——主任の方々への信頼が伝わってきますね。

日々、勉強させてもらっています。主任たちのやり方を見て、「こういうやり方がいいのか」と取り入れたりしています。所長だから全部分かっている、なんてことはないんです。信頼し合えて、ちゃんと役割分担ができる。今はそれが良いチームだなと思っています。

——主任のみなさんも鈴木所長のことを信頼していましたよ。

それは分からないですよ笑。まあ、自分が信頼しているからいいんです。誰か一人に頼る形はなくしたいと思っていて。例えば、突発有休一つとっても遠慮なく言い出せる職場にしたい。そのためにも自走できるチーム体制をつくりたいですね。だから、自分が前に出すぎないようにしていますし、誰か一人が背負い込むことのないように意識しています。

一緒に、無我夢中でやろう

——これからどんな人と一緒に働きたいですか。

第一印象が良い人ですね。そして挨拶。元気よく挨拶ができれば、あとは何でもできると思うんです。積む・運ぶといったスキルは後からいくらでも教えられる。運転の上手い下手も最初は求めていないです。一緒に高め合っていける人に出会いたいです。

——鈴木所長から見て、将来的に「伸びる人、向いている人」はどんな人だと思いますか。

伸びる人は、質問ができる人です。分からないことを「分からない」と言える人。 それができる人は強い。そして、目標がはっきりしている人。「これだけ稼ぎたい」「こうなりたい」と明確に言える人は、やっぱり伸びます。仕事は受け身では楽しくないですしね。

そして誠実であることが大切です。自分一人だけ良ければいいというのは、よろしくない。隠す、ズルをする、安全をないがしろにする——これは人として許せない。そこだけは厳しくします。チームでやっているので、助け合っていける人と一緒に働きたいです。

——最後に、鈴木所長の大切にしている考えや言葉を教えてください。

座右の銘は「無我夢中」。高校の恩師にもらった言葉で、大学の恩師も同じことを言っていました。後から知ったのですが、その二人は師弟関係だったんです。気づけば50歳になって、今年フルマラソンにも挑戦します。酔った勢いでエントリーしてしまいました。まあでも、それも無我夢中ですよね。やってみたら本気になっていた。仕事もそんなもんだと思っています。間違っているときは止めないといけないですが。まずは一生懸命やること。無我夢中でやっていると、不思議と仕事は面白くなります。一緒に、無我夢中でやりましょう。